親戚やご近所さんの目

ある晴れた日、カウンセリング依頼の電話が鳴りました。それは日本が抱える介護の現実そのものでした。

カウンセリング希望者は60代の女性で長女、次女、長男、3兄弟の長女さまでした。

介護についてどうすればよいか考える時間もないほどに、周囲がお母さまの介護について連絡をしてくるので疲れてしまった、とのこと。

これは特に地方などで独居生活をしている高齢者がいるご家族さまによくあることです。

今回のご相談者さまは世田谷区の鎌田在住の長女さまで、現職であり毎日会社に出勤されていました。

旦那様も現職で毎日出勤しておりご自宅は日中、誰もいない状態となっています。

問題となったのは在宅介護を行うにも日中、ご自宅に誰もおらず面倒を看ることが出来ない点でした。

長女さまのお母さまは80代まで元気で独り暮らしを楽しんでおられたのですが最近、認知症を発症していました。

そのことはご近所さまから連絡を受けていましたが、前述の件から在宅介護としてご自宅で一緒に生活することは難しいと考えていました。

また遠方であることから頻繁に様子伺いをすることもできないことに引け目を感じてもいました。

そのような状況が1年ほど続いていたのですが、ここにきてお母さまの認知症が進行し徘徊するような事態が発覚したのです。

何とかしなければならないことは長女さまも理解しているのですがどうにもならないジレンマがストレスになっていたのですが、週に何度もご近所さまや親戚から電話が入るようになったことで一気にストレスが拡大してしまったのです。

カウンセリングではまずご相談者さまの現況を確認することからスタートします。

これはカウンセラーが現況を確認することはもちろんの事、ご本人さまが他人に現状を説明することで、心の整理につながることにもなります。

初回のカウンセリングで現状をヒアリングすると、日本が抱えている「介護する側」の典型的な問題であることがわかってきました。

ここ10年で日本人の生活様式はガラッと変わり、都市部では夫婦共働きはもはや当たり前になっています。

生活様式は変わりましたが、介護の考え方はそれに100%追いついているとは言えません。

今回のケースでもそれが露骨に表れていました。

親戚は長女さまが会社勤めを辞めて実家でお母さまの面倒を看ることを迫っていました。

長女さまもそれについては考えていましたが、娘さまは大学院生でありまだお金がかかること、住宅ローンや車などの支払いが残っていることから金銭的に長女さまの収入をゼロにすることはできなかったのです。

また、長年住んできた世田谷区の家からいきなり実家に戻ってお母さまの面倒を看ることに不安も感じていました。

せめて愛する娘さまが会社勤めをして一人前になるまではご自宅から離れたくないという気持ちが強かったのです。

旦那さまから、

「ウチのおふくろも80後半になってきて何が起こるか分からないので慎重に考えてほしい」

とも言われていました。

そのような時に矢継ぎ早に親戚から電話がきて、

「長女なんだから面倒を看るのは当たり前だ。なぜ戻ってこれないのか理解が出来ない。育ててもらった恩を忘れているのか?」

と、まるで悪人であるかのように攻め立てられてしまいました。

一度、親戚に思いを伝えたことがありますが心無い言葉が戻ってきたそうです。

親戚は、

「私たちだって生活があるんだし、あなたの実母でしょ?なんで私たちが面倒を看なければならないの?アナタが病気とかであるならまだしも、健康だし旦那さんの稼ぎも悪くないのだからアナタが仕事を辞めて面倒を看るのが筋でしょ」

と言われたそうです。

問題はそれだけにとどまりませんでした。徘徊が続くようになってしまった結果、ご近所さまからも連絡が来るようになってしまいました。

「あなたのお母さまは最近、夜中にふらふらと歩いていてとても危ない。ご実家からすぐの大通りなども一人でパジャマ姿で歩いているのよ。私だけじゃなくてご近所の方がみんなそれを見てるの。なんとかしたほうがいいのじゃない?」

これに対しては、

「すみません、なんとかするように今、考えています。」

と回答したのですが、ご近所さまは、

「考えるとかじゃないと思いますよ。実際に、ふらふらと徘徊しているわけでいつ事故に遭うかもしれないってことをもう少し真剣に考えてください」

と強い言葉で言われてしまったそうです。

このような状況が継続的に続くようになってしまった結果、自分のすべきことが見えなくなってしまい、それが原因でストレスを大きくしていたと分析しました。

親戚やご近所さんが母の介護に口を出してくる

情報の提供による意識の整理

今回のケースは首都圏や大都市部に住んでいるご家族さまに多く見受けられ、相談頻度も多くなっていることから隠れた大問題になっていると言えます。

状況を変化させることが難しい中、状況だけが悪化してしまうことで介護する側が先に疲れてしまうのです。

介護カウンセリングとしてまず、同様のケースについてお話をしました。

「何をすればよいか分からない」ことが原因のストレスでは物事を自分で整理するための情報が必要なのです。

カウンセリングはコンサルティングではありません。

カウンセラーがご相談者さまに対して指示やアドバイスをすることはありません。

あくまでもご自身で何をすべきかを見つけるまでの手助けしかできないのです。

情報の提供はご相談者さまが答えを導くための判断材料にはなり得ます。

カウンセリングを通してご相談者さまに介護現実に関する情報を提供し、ご相談者さまの意識に変化があるかを慎重に検証しました。

そして、何度目かのカウンセリングでご相談者さまに意識の変化が確認できました。

自分の中にすべきことが見えた

ご相談者さまはカウンセリング前に以下の悩みを抱えていました。

・遠方のお母さまをどうするべきか

・仕事を辞めることはできない

・娘の成長を見守りたい

・同居が正解なのか分からない

・親戚やご近所さまに迷惑をかけたくない

その中で親戚やご近所さまからの過度な指摘によりストレスが拡大した結果、

「何をどうすればよいの!」

と、思考停止寸前になってしまったのです。

介護専門のカウンセラーとして過去の経験を「情報」としてアナウンスすることで心の整理が出来始めた結果、以下のような心の整理が見て取れたのです。

・独居を続けることは得策ではない

・自宅などすぐに助けられる環境作りが大切

・どのくらいの期間面倒を看るかを想定する

・お母さんの気持ちをまず確認する

・周りに惑わされない

とても大きな変化です。

ポイントはやるべきことが見えてきていることです。

お母さまを呼び寄せ、そのために必要なことを落とし込んでいる点です。

取捨選択が行われていると感じたのは最後にご相談者さまが述べた、「周りに惑わされない」に集約されています。

当初、親戚やご近所さまからの指摘がご相談者さまのストレスを拡大させる大きな要因になっていました。しかし、心が整理されたことで、ご相談者さまの中に状況改善のための絞り込みが出来ています。

その中で、親戚やご近所さまの意見は大切ではない、という見解にたどり着いています。

とても大切なことです。

結論にいたるまでにはいくつかの心の遷移がありました。

このように分析できます。

原因:ご近所さまや親戚から指摘があることに引け目を感じていた。迷惑をかけたくない。

遷移1:指摘をしている人たちは言いたいだけなのではないか。

遷移2:こちらが何かを言っても反論するだけであることから、他人事であり耳を傾ける必要は無いと確信。やるべきことを組み立てるべきだ。

遷移3:最悪のケースは独居のまま何かが起こってしまうこと。それを回避するためには近いところで生活することが好ましいのではないか?

遷移4:自宅もしくは自宅近くの施設を利用するのであればすべきことは何か?

次ページでは分析結果から介護カウンセリングをどのように進めたかについてご説明いたします。